
高氏旗揚げの地・篠村八幡宮

家紋の旗を掲げた楊(やなぎ |
JR山陰線馬堀駅から南東に徒歩約15分で篠村八幡宮の鳥居が見えてくる。ここは足利高氏旗揚げの地。
足利高氏は元弘3(1333)年4月27日、京都六波羅から鎌倉幕府の命を受け、後醍醐天皇討伐のために山陰へ向かう途中、丹波国の篠村八幡に陣を張った。
篠村八幡は源氏の氏神。祭神の八幡太郎義家は高氏の先祖に当たる。周辺は足利の所領地で味方も多い。
高氏はここで尊王討幕の志を高らかに宣言し、北条討伐の催促状を各地に送った。
各地から集まって来る武将達の目印になるようにと、高氏は近くの揚(やなぎ)の 木に足利の家紋「二つ引両」(鱗(北条氏の家紋・三鱗)を食らう龍の意味がある。)の大きな白旗を掲げた。
その旗を立てた揚の6−7代目が「旗立揚」として神社の裏に残っている。
揚は柳とは別種で挿し木によって生き残るという。
現在の若木は昭和木に挿し木されたもの。その後ろにはすさまじい裂け目ととも に、直径1mはあるであろう、先代の揚の残骸があった。
そのすさまじい裂け方に北条氏と袂を分かった足利氏の気概を見たような気がし た。 |